「グリーンインフラ」の時代へ (その3)
一般社団法人 グリーンインフラ総研 代表理事 木田幸男
理学博士 技術士(都市及び地方計画)樹木医
アピールは、環境への取り組み姿勢
今年の春、Apple社のクック社長は新型アイフォンの発表に際し、ファンが期待した機能の話より先に、自社の環境への取り組みの現状を熱く語りました。覚えておられる方も多いと思いますが、私も改めて「実行」の重要性に気づかされた瞬間でした。
Apple社は、世界中の工場でほぼ再生エネルギー(太陽光、風力、バイオマスなど)を使用していること、パッケージは全て再生紙を用い、それは持続可能に管理された森林由来の紙であること、また使い終わったアイフォンはロボットを使ってリサイクルされていることなど、製品性能とは違った話題で顧客の心をつかんだのです。
「地球環境への対応」というと、えてして日ごろの意識から遠のきがちです。しかし、そこに敢えてフォーカスすることでApple社の企業姿勢が際立ち、世界中の人々の共感性の中にスッと落とし込まれたに違いありません。それは「環境への取り組みなくして、今後の経営はありえない」という新たなメッセージでもありました。
いい環境の都市に、いい若者が集まる
グリーンインフラは今や世界中の多くの都市で実践され、環境に優しい整備手法として広く認識されています。しかし、こと更に「私たちはグリーンインフラを使って、こんなにいいことをしています」と言っている都市はあまり見られません。むしろ、「それは今や当たり前」のことであって、それによって人々が「どれほど安全に、快適に生活できるようになったか」「どれほど生産性が上げられたのか」など、そのメリットを数値化して示すことで、グリーンインフラへの取り組みが評価される時代になっています。正にクック社長が、モノの良さより会社の理念を先ず顧客に伝えたことに似ています。
生産性の高い若者は、より高いパフォーマンスを発揮するために、すさまじい集中力で仕事をします。しかし、一旦それを終えると切り替えも早く、自然などを相手に遊ぶ人が多く、それがまた次の大きな成果へとつながる原動力になります。つまり、充電と放電を繰り返す上で都合のよい環境が存在している都市に、より高いレベルの人が集まるということになります。当然、企業はそれら優秀な人材を求めてその都市に集中し、さらに優秀な人たちが集まるという、都市にとって「いいスパイラル」が発生します。その都市では税収が増え、活性化し、益々注目される街に変貌していきます。ポートランド市はそれを地でいく都市として注目され、今では世界の都市間競争の覇者として評価が高く、その大きな推進力となっているのがグリーンインフラであることは間違いありません。Apple社のようなすばらしい企業も、ポートランド市のように発展している都市も、全ては「共感できる」環境対策が基本にあるといえるのです。
ポートランド市のグリーンインフラへの取り組み
ポートランド市は人口約60万人で、全米では中規模の都市です。「都市を発展させるために、環境改善に取り組もう」などという意識が昔からあった訳ではなかったようです。元々は林業で発展してきたこの都市、やがてウィラメット川沿いに多くの製鉄工場や造船所が建てられ、工業化とともに全米一汚い川と言われるまでになりました。1993年、ポートランド市は市内の合流式下水道からオーバーフローする下水量の制限を求めて、連邦政府から訴訟を起こされます。さらに、ポートランド市の重要な魚である鮭とニジマスが絶滅危惧種に指定されるに至り、市は豪雨対策と健全な流域圏の促進に力を入れ始めたのです。
当初は土壌を使った雨水の浄化対策に始まったグリーンインフラは、やがて集中豪雨による下水道の内水氾濫に対応する手法として雨庭、バイオスエールなど、グリーンストリートとしての具体的対策を推進していきます。そして、今ではグリーンインフラで世界の都市のお手本ともいえる成果を出し、見学者が絶えないのが現状です。その結果として人が集まり、企業が引き寄せられ、都市としての強い基盤が出来上がってきたのだといえるのです。
グリーンインフラ研究で有名な神戸大学大学院准教授の福岡氏は、その効果を(1) 雨水の適正な管理による都市の健全な水循環の回廊 (2) 河川に流入する雨水流出量の抑制、流出速度の緩和による洪水の抑制 (3) 暮らしやすい都市・環境不動産価値の向上 (4) 緑による微気象の緩和や大気の質の向上 (5) 歩行者や自転車道路と一体的に整備し健康的なライフスタイルの促進 (6) 車の運行速度の遅延、道路の安全性の向上、などとしています。グリーンインフラの導入は、これら多くの便益が享受でき、やがては都市の発展につながる施策として、多くの都市で益々盛んになるに違いありません。